【補足】ナブテスコ、油圧機器事業をイタリア企業に譲渡、技術継承とグローバル再編、欧州との融合で再出発

 ナブテスコは7月31日、油圧機器事業を新設子会社「コムテスコ株式会社」へ移管した上で、同社株式の70%をイタリアの駆動系大手コマー・インダストリーズ(Comer Industries S.p.A.)に譲渡する契約を締結したと発表した。譲渡額は142億円で、中国、タイ、ドイツの関連子会社も対象に含まれる。事業移管は2025年9月、譲渡実行は同年10月を予定している。ナブテスコは株式の30%を引き続き保有し、合弁体制で事業を継続する方針。譲渡の背景には、中国メーカーの台頭や建機メーカーの内製化進展により競争が激化する中で、ナブテスコが「スマートモーションコントロール」や電動アクチュエータなど成長領域に経営資源を集中する戦略がある。欧州企業との連携により、技術継承とグローバル競争力の維持を両立させる構え。--油圧機器関連ニュースが意外にもPVの多かったこともあり、補足情報を集めてみた。

■技術の系譜:3事業の統合が礎に

 ナブテスコの油圧機器事業は、帝人製機とナブコ(旧・日本エヤーブレーキ)の統合に加え、2015年には芝浦機械(旧・東芝機械)の油圧事業を買収することで形成された。ルーツをたどると、ナブコは1959年に海外からの技術導入で油圧事業に進出、ギヤポンプ、バルブなどを生産開始。帝人製機は1961年に海外技術を導入して油圧機器の製造を開始し、主に斜軸型・斜板型のピストンポンプやモータを中心に産業機械分野での供給実績を積んできた。また東芝機械も1963年、海外技術導入により油圧事業に進出した。

 ナブコとの経営統合を経て、2003年にナブテスコが設立され、油圧ショベル用走行ユニットや旋回モータを主力に建設機械分野へと事業の軸足を移す。2015年には芝浦機械の油圧子会社であるハイエストコーポレーションを買収し、製品ラインアップを一気に拡充。システム提案型の事業展開へと進化を遂げた。

 エポックメイキングは、現在も主力製品である走行モータの開発。帝人製機は 1977年、走行中の岩石などへの衝突による機器破損率を格段に減少させる製品構造で、クローラーシュー幅よりはみ出さない減速機一体型の油圧モータを開発、「シューイン型」として世界に先駆けて販売した。先発メーカーのシェアを奪取するほか、内製化していた大手建機メーカーにも初納入するなど幅広く採用された。現在も油圧ショベル用走行ユニットにおいては、世界市場で約25%のシェア(同社資料)を有し、日本発の油圧技術として国際競争力を維持してきた。

■ コマーの狙い:建機分野とアジア進出の足掛かり

 株式譲渡先のコマー・インダストリーズは、イタリアを拠点とする上場企業で、農業機械や風力発電設備向けのパワートランスミッション製品で世界展開している。近年は北米や欧州市場でのM&Aを通じて製品領域を広げげており、今回の買収は建設機械分野への本格参入とアジア市場への進出拡大を狙った動きと見られる。

 ただし、コマーにとって建機分野の経験やネットワークは限定的であり、ナブテスコが長年構築してきた販売網や顧客基盤をいかに維持し、統合できるかが成否を左右する。特に中国やタイの製造・営業拠点の活用が、アジア市場での持続的な競争力に直結することになる。

■再出発への課題と展望

 業界関係者によると、譲渡により、ナブテスコの油圧機器事業は一つの節目を迎えるが、これは「終わり」ではなく「再出発」と位置付けられるべきとされ、「欧州企業との融合が、新たな油圧技術の価値創出につながるかが問われている」との声も聞かれる。

 今後の主な課題は以下の通り:
• 販売網の再構築と維持:アジア市場におけるシェアをどう維持・拡大するか
• 技術の継承:帝人製機や芝浦機械由来の設計思想や品質基準の維持
• 電動化への対応:油圧から電動アクチュエータや統合制御技術への転換
• グローバル競争力の確保:低価格帯への対応と差別化技術の開発

 ナブテスコは油圧機器分野からは一歩退くが、今後は鉄道車両用機器、自動ドア、ロボット関節向け精密減速機など、モーションコントロール分野への集中を通じて収益構造の転換を図る。

■なぜ大手は名乗りを上げなかったのか

~「コマー」という選択に込められた戦略的意味~

 今回の譲渡は、欧州の中堅駆動系メーカーが日本の建機油圧分野に本格参入するという点で注目される。一方で、業界内では「なぜ他の大手(日系・海外)の油圧機器メーカーが手を挙げなかったのか」との疑問もある。

 その背景には、以下のような事情が複合的に絡んでいると見られる:
• 寡占化リスク:ナブテスコの走行ユニットは世界シェア25%。既存大手が取得すれば市場の寡占を招き、独禁法上の問題を招きやすい。
• 事業構造の重複:総合油圧機器メーカーにとっては製品構成が被りやすく、補完性が低いと判断された可能性。
• 完全子会社化でないこと:ナブテスコは30%を残す合弁スキームを採用。買収側にとって中長期的な経営統合が難しくなる点も敬遠材料に。
• 地政学リスク:中国・タイの拠点を含む構成に対し、米欧メーカーの一部では回避姿勢が強まっている。
• 柔軟な交渉姿勢:コマーは価格やスキームに柔軟で、ナブテスコ側の技術・雇用・取引先維持といった非財務的価値に対しても理解があったとみられる。

 こうした要因から、コマーが最も戦略的整合性の高い相手と評価され、契約に至ったと見られている。

■ナブテスコ油圧機器事業の沿革年表

年/出来事/内容

1959年/日エヤーブレーキ、油圧機器事業に進出/ギヤポンプ、バルブ、シリンダなどを製造
1961年/帝人製機が垂井工場を開設/油圧機器の製造を開始
1963年/東芝機械が海外技術導入により油圧機器事業に進出
1977年/帝人製機が油圧ショベル用に減速機一体型「シューイン型」油圧モータを販売
1996年/上海帝人製機有限公司を設立/中国市場へ進出
2002年/帝人製機とナブコが競合状態だった走行モータで業務提携/油圧機器事業の協業開始
2003年/ナブテスコ株式会社設立/帝人製機・ナブコを傘下に統合
2004年/帝人製機・ナブコを吸収合併/ナブテスコが事業持株会社化
2008年/Nabtesco Power Control (Thailand) 設立/タイ拠点で油圧機器製造開始
2013年/上海納博特斯克液圧設備商貿有限公司設立/中国で営業拠点を拡充
2015年/ハイエストコーポレーション買収/芝浦機械(旧・東芝機械)から油圧事業を取得
2022年/Nabtesco Power Control Europe GmbH設立/欧州拠点を新設
2025年7月/コマー・インダストリーズと株式譲渡契約締結/油圧機器事業の70%を譲渡へ
2025年9月(予定)/コムテスコ株式会社設立/油圧機器事業を新会社に移管

ナブテスコの油圧機器事業分割に関する説明資料

コマ―・インダストリーズの買収に関する説明資料